牛腸祭(ごちょうさい)

気比神宮の9月の例祭に、敦賀の街を山車が巡行しますが、
これに先立ち6月16日には牛腸祭が行われています。
元々は山車の曳き出し順などを決める行事で、祭りの準備はこの日から始まるとしたそうです。
いつのころからかはよく判りませんが、江戸時代には行われていたようです。
太平洋戦争で中断、空襲では多くの山車が焼失したそうです。
昭和31年に市内の町が統廃合され、その後、牛腸祭の参加町内を編成しなおし、
参加希望の町も受け入れて現在も続いている十三町の新体制になったそうです。
現在の牛腸祭では、昼前に十三町の役員らが気比神宮に参集。
本殿で神宮祭が行われた後、本殿前から先導役、神職に続いて御幣、唐びつ、牛腸番の町の役員らが歩み出します。
今年は神宮境内に新しくなった社務所まで渡御し、牛腸番となった神楽二丁目のお世話で行事が進みました。
気比大神宮の掛け軸と天神像が掛けられ、神職が神事を行った後、くじを引きました。
くじは米(よね)くじと呼ばれ、三方に乗せた皿の盛った米に和紙をこよりにして挿しておき、こよりを箸でつまみ出して行われました。
呼び出し役が順に各区の代表を呼び出すと、代表が進み出てくじを引き、検知役がこよりを開いて中身を読み上げました。
現在は、翌年以降の牛腸番を担当する町内を決めることとし、山車の巡行順は決めていません。
牛腸の意味ははっきりしませんが、昼飯の意味で、牛腸祭当日に昼飯の供応することが主要な行事の一つであったことに由来すると言われています。
すべての行事が終わった後、牛腸祭参加者約50名でグリーンプラザホテルで直会が行われました。
写真は神宮境内の渡御の様子と、我が白銀町の区長が米くじをひいている写真です。
白銀町は平成25年牛腸番町を務めさせていただきます。

Pocket